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G ジュマリ・アラム

今年(2016年)も、いよいよ夏本番です。たくさん旅をし、人・動植物・自然と戯れ、海と森と祭りの中に入りたいです。
  • 2017-06-16 (Fri)
  • 【ゼミ】

宗教学実習「田川市:川渡り神幸祭」

私は5月20日に宗教学実習で福岡県田川市の川渡り神幸祭を見学してきた。この祭は疫病が流行した際、風治八幡宮にその終息を祈願し、成就のお礼として幟山笠を奉納されたことが起源とされ、毎年5月に二日間開催されている。

 

午前11時ごろ、シャトルバスを降りて狭い住宅街の路地に並ぶ屋台や浴衣姿の人を見て、祭の会場の雰囲気を感じた。メインの川渡りの行われる彦山川沿いの道にも屋台がたくさんあり、思っていたよりこの祭の規模の大きいことに驚いた。祭の会場のごみ箱は小学生の名前が書かれていて手作りのものがいたるところに用意されていた。12時前に例大祭祭典を見学しに風治八幡宮へ行った。神輿は外に用意されていて、神輿の担ぎ手が衣装を着て神社に入っていった。肩には水色の三角のクッションのようなものがかかっていた。神輿を担ぐときに長時間担げるように神輿と肩の間に挟むのに必要なのだと思った。

例大祭祭典のあと、風治八幡宮をいったん離れると、駅前で黄色い魚町と書かれた法被を着た人たちが山鉾を動かしていた。山鉾は神輿と違い車輪がついてそのうえに人が登っていた。道の端に山鉾をもってくるとそれを止め、前方にいる男たちがのしかかって傾かせ揺らし始めた。それにより、山鉾は前後に揺れてガタンガタンと大きな音を立てた。これは、祭られているスサノオをもてなすためとのことだった。山鉾のような大きくて重そうなものでしかも人が乗っているものを動かすことはとても危険に思える。

 

しかし、山鉾を動かしている人たちはより大きく揺らし、音を立てたがっているように見えた。私はそれがスサノオを喜ばせたいというよりも、祭という興奮した状態でどれだけできるかという状態を楽しんでいるように感じた。山鉾の近くには同じ法被を着た子供たちが賽銭箱を持って一緒に行動していた。昼食をとったあと、風治八幡宮へ行くと、獅子楽奉納を見学できた。二頭の獅子の周りを子供たちが踊るのを、神輿の担ぎ手たちも見学していた。

神輿の担ぎ手の中には子供に手を振ったり、踊りの振りをまねたりしている様子は、子供の成長を喜んでいるように見えた。神輿が出発をすると、風治八幡宮の外にはたくさんの神輿とその見物人が集まっていて活気があふれていた。この祭の特徴である川渡りの場面では、先頭の神輿が一基で川渡りがある程度済むと、山鉾の川渡りでは続けて山鉾が川の中に入った。思っていたより、川の水が少なかったので間近で見たときは迫力があまり感じられなかったが、橋の上から複数の山鉾が川渡りをしている様子はカラフルできれいに思った。

田川市の川渡り神幸祭では子供から高齢者までの幅広い世代が担い手になっていることや、祭の写真コンテストがあることで担い手にはなれない人も参加者になれる環境ができていることから、コミュニティの人間同士の交流の場になっていると思った。<文:大石圭那>

今回は、福岡県田川市風治八幡宮の川渡り神幸祭を見学した。この祭りは、福岡県の五大祭りのひとつで、福岡県の筑豊地域では、最大規模の祭りである。祭りは2日間にわたり開催され、1日目はお下り(彦山川を渡り、対岸の御旅所で1泊する。)し、2日目はお上り(1日目とは逆のコースで川を渡り、神輿と山笠が風治八幡宮に戻る。)するという流れで行われる。山笠には、稲穂をイメージした五色の馬簾がつけられており、五穀豊穣と無病息災が願われている。また、この祭りは、約450年続く祭礼であるということも驚きである。

実際に見学して、境内から祭りの主役である神輿を囲み、踊りや祈願の儀式を行い町を練り歩くという形式からこれまで見学した祭り(防府市の裸坊祭りなど)と同じ流れであることがまず分かった。全体的にみると、地域の方やお祭りに来る客は皆賑わう屋台やステージを楽しんでいる印象を受け、祭り自体のコンセプトとして、お化け屋敷や人気の曲のBGM、ステージの内容から祭りのつくりもどんどん現代化し、集客や街の復興にも力を入れているのではないのかという推測も立てることができた。

実際、歴史ある祭りを体感するとともに、私たちも楽しむことができ、良い体験をすることができた。また、機会があれば足を運びたい。<文:中野遥>

  • 2017-05-22 (Mon)
  • 【ゼミ】

宗教学実習:「大聖院・火渡り式」(宮島)

4月15日広島県の宮島に訪れた。山口を出発したときは雨がひどかったが、島に渡ったときには晴れており、天気が良くなってよかった。宮島ではロープウエーで獅子岩まで登り、そこから歩いて弥山山頂の展望台まで登った。帰りは大聖院まで歩き、火渡り式を見学した。

大聖院

大聖院

私はこれまで二回宮島を訪れたことがあったが、二回とも厳島神社までしか行ったことがなかった。ロープウエーの駅までに通った紅葉谷公園はもみじの木がたくさん生え、小川が流れており、上を見上げると新緑に日の光が透き通って美しい場所だった。私は紅葉谷公園を歩くだけで少し疲れていたが、ロープウエーに乗っている間は休みながら外の景色を楽しむことができた。

大聖院

大聖院

フェリーから見えていた宮島の山は青々とした木に覆われていたが、ロープウエーから見ると、葉の一枚もついていない少し黒ずんで見える大きな木が点々と生えていた。正反対の姿をした木が一緒に生えている景色や、葉の一枚もない木の存在が遠くからは見えないことが面白く感じた。

火渡り式

火渡り式

獅子岩展望台から弥山山頂へと向かう山道は坂道や階段で上がったり下がったりしていてとても険しく、紅葉谷公園よりとても疲れた。山頂までには弥山本堂や他にもお堂がいくつかあった。本堂にはたくさん様々な表情のちいさなお地蔵がいて、帽子やマフラーやメガネでそれぞれに個性がある姿をしていて可愛く思った。

宮島

宮島

また、道の所々で小石が高く積まれていた。私は同じようなものをドラマで見たことがあり願いを込めて石を積んでいたので、積まれている小石も山道を通った人たちの願い事がされていると思った。

宮島

宮島

山頂は獅子岩展望台のように岩が集まっていて、展望台もあった。展望台からは360度島と海とその先の景色を見渡すことができた。山頂からの下りは、登りが大変だったので気分が下がっていたが、いざ降り始めると軽々と下ることができ道のりは遠かったが楽しく感じた。

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大聖院に近づくにつれ、にぎやかな音が聞こえてきた。大聖院では拡声器を通して聞こえるお経の声や太鼓の音が響く中、火のついた葉の上を歩いている人たちや靴と靴下を持って足の裏を黒くしている人たちがいた。火渡り式の最中だった。火渡り式ではそれぞれの願望成就を唱えながら素足で歩く。参加者の話では熱くないとのことだったが白い煙が上がっており熱そうに見えた。<文:宗教学研究室3年次・大石圭那>

  • 2016-10-25 (Tue)
  • 【ゼミ】

宗教学実習:「鬼祭り」(防府市)と「むろづみエンヤ」(光市)

10月9日、防府市で行われた春日神社例大祭・神幸祭と光市で行われた早長八幡宮秋まつりを見物した。最初に訪れた春日神社例大祭・神幸祭は太鼓を少年たちが打ち鳴らし、鬼の姿をした若者が天下泰平・五穀豊穰を熱願してねり歩くというもので、「鬼まつり」と呼ばれている。

私達が訪れた時には折り悪く神輿や鬼太鼓などは見られなかったのだが、空手の奉納が行われていた。地元の方が大勢集まって見物しており、特に年配の方が多かったように思う。一方で祭りの奉納をする側は小学生ごろの子供が多く見られた。また、境内には鬼の扮装をした、おそらく町内会や消防団の方が数名おり、祭りに訪れた子どもたちが鬼を見て怖がったり楽しそうに話しかけたりと様々な反応を示していた。

早長八幡宮秋まつりは毎年10月、体育の日の前日に行われる山車巡幸行事で、今から350年前の江戸前期に始まったものである。「エンヤ!エンヤ!」の掛け声で若衆が山車と踊山を曳き廻すことに因んで、早長八幡宮秋まつりで行われる山車巡幸行事は「むろづみエンヤ」と呼ばれるようになった。

また、大幟を立て黒松を載せた山車を先頭に、鳥居、石灯ろうをかたどった山車、こま犬、随神、鏡を載せた山車、御供船の山車があり、行列全体が神社の形態を整えていることから、「まちを駆ける神社」などとも形容される。このような山車行列は全国的にも珍しく、山車行列の原型を留める貴重なものだと言われており、「むろづみエンヤ」に使われる山車10輌と踊山1輌は昭和56年光市有形民俗文化財に指定されている。

山車巡幸は早長八幡宮からスタートするので、早長八幡宮にて山車が1台ずつ出発する様子を見物した。縄を持ち、木遣り唄に合わせて前後に足踏みをしたり時にはぶつかりあったりする様は迫力があった。木遣り唄とは元々、重いものを引くときの掛け声が元になった仕事歌だそうで、これから重い山車を皆で引くのだという気概を感じた。

山車を引いていたのは男性が多かったが中には女性もおり、楽しそうに山車を引いていた。性別に関係なく楽しんで参加できる祭りは良いものだと思う。また、山車には小学生くらいの小さな子どもが何人も乗っており、地域の宝として子ども達を大切にしている様子が感じ取れた。

今回見学した祭りはどちらも、地域で協力して行う祭りといった様子だった。様々な年代の方が参加しており、このような行事を通して地域住民のふれあいが行われ、交流が深まるのだと感じた。<文:哲学・思想コース2年次・船倉榛名>

  • はじめに

2016年10月9日(日)、防府市春日神社「鬼祭り」と光市早長八幡宮「早長八幡宮秋まつり」を訪れた。以下にそれぞれの祭りの概要と、そこで人々が得る心の経験を述べる。

  • 防府市春日神社「鬼祭り」

【概要】

この祭りは、体育の日の前日日曜日に行われる例祭である。境内には出店がいくつか見られ、また、鬼に扮した人の姿も見られた。ただし、祭りの名前こそ「鬼祭り」であるものの、境内で見られた鬼には何か特別な役割がある様子ではなく、子どもらと一緒に写真に写ったりするくらいであった。その他には、「福くじ」というくじ引きや、地域の空手教室による空手のパフォーマンスが行われていた。

【人々の心の経験】

本殿に参拝する人々の行列ができていた。そして、彼らの多くは参拝を済ませた後、その傍で行われる「福くじ」をやっていた。ここでの人々の心の経験に注目したい。「福くじ」とは、一回につき百円でくじを引き、インスタント食品や飲み物など、等分けされた品物と引き換えるくじ引きだ。品物それ自体は決して特別なもの、珍しいものではなかった。参拝者たちも品物が欲しくて、品物目当てでくじを引いている様子ではなかった。

それは、彼らが「お金―品物」という結びつけをしていないからであろう。もちろん、日常の買い物などでは、「お金」を、その価値に釣り合う「品物」と交換する。しかし、ここでの価値というのは品物それ自体に見出しているのではなく、その背景にあるものに見出しているようだった。つまり、品物を、神社という特別な場所での祭りで、くじを引いて獲得するということだ。そこに価値、言い換えれば聖性を見出しているのである。

よって、彼らは品物それ自体の価値ではなくその背景にある聖性が目当てでくじを引いていたと言えよう。もちろん、彼らはより等の高い品物を欲しがるのだが、やはりそれも単純によりよい品物が欲しいというわけではなく、むしろ、そのような聖性を持った品物のうち、より高い等のものを、自分の「運」を使って獲得するというところに価値を見出しているようだった。境内にいる「鬼」に関しては、後述の「早長八幡宮秋まつり」における恵比寿と異なり、聖なる存在としての度合は低く、俗っぽい存在であった。

  • 光市早長八幡宮「早長八幡宮秋まつり」

【概要】

この祭りのメインと言うべき行事は、山車巡幸行事である。これは、江戸時代の前期に始まった伝統のある行事だ。今回の祭りでこれは14時40分頃から行われたのだが、その30分ほど前には別のイベントが行われていた。それは、面を被って恵比寿に扮した者が、踊ったり、子どもら(小学生低学年くらいまでか)にお菓子を投げたり(ときに手渡し)しながら、最終的には釣り竿で模型の鯛を釣り上げるという見世物だった。ただし、これは山車巡幸のように伝統あるものではないようである。

 

そしてその後に、山車巡幸行事が行われた。大幟の山車に始まり、鳥居、灯籠、狛犬、随神、鏡、御供船の山車の順に、若衆(わかいし)の「エンヤ、エンヤ」という掛け声とともに山車巡幸が行われた。若衆は男性がメインで構成され、年齢は中高生くらいから70歳代と思われる人の姿まで見られ、その幅は広かった。彼らは、東、西、南、北などのいくつかの組に分けられ、組ごとに山車を曳く。山車には「地域の宝」とされる子どもが乗せられる。爆竹を使うなどして盛り上げられ、山車が動き出す瞬間には拍手が起こった。

【人々の心の経験】
最初の恵比寿のイベントは、型とアドリブをうまく織り交ぜた「生の」パフォーマンスだったと感じた。それはつまり、パフォーマンスとして形骸化していないということである。恵比寿役の者が子どもらにはたらきかけると、それに対して子どもらは自由に反応し恵比寿にはたらきかける、それに恵比寿がまた応え、さらに子どもがそれに応えるといった具合に、自由度の高いやり取りをしながら展開されるものだった。

ただし、恵比寿が俗なものとして扱われるということはなく、あくまで特別な存在として扱われていた。恵比寿から投げられるお菓子を拾う光景は、「餅なげ」の光景と似たもので、また恵比寿と触れ合う様子は獅子舞に嚙まれる様子と似ているようだった。つまり、恵比寿を、自分たちのいる次元とは異なる次元にいる聖なる存在として認め、彼から投げられるお菓子もただのお菓子ではなく特別な意味を見出しているようだった。

次の山車巡幸行事では、山車が動き出す瞬間の人々の盛り上がりに注目したい。山車が動くとき、若衆と観衆の間に一体感のようなものが生まれていたように感じられた。その一体感は、山車を曳き始めるまでのパフォーマンスが手伝って生まれたのではないかと分析する。若衆が山車を曳き始めるまでには少し時間があり、綱を持った若衆が波のように動き、掛け声を発する。そののちに山車が動き出す。山車とそれを曳く若衆が次々に入れ替わる中にあって、それぞれの山車が動き出す瞬間に一体感が生まれるのは、事前のパフォーマンス(すなわち、動きと掛け声)を踏むことで若衆と観衆の間に一体感が醸成されていたためではないか。

一方で、その一体感は少なからず排他的であるようにも感じられた。掛け声や巡幸の仕方、その流れを知らない者からすれば、目の前で行われるパフォーマンスは「我々」の側で行われるものではなく、「舞台上」で行われる向こう側のものとして受け止められるのではないか。そのため、この地域に暮らす人々と、観光でこの祭りを訪れたと思われる外国人らの祭りの楽しみ方には、差があるように思われた。このような点で、得られる心の経験にも差が出てくるものだと分析した。<文:宗教学研究室4年次・岡﨑健斗>

  • 2016-08-05 (Fri)
  • 【ゼミ】

宗教学実習:「通くじら祭り」「元乃隅稲成神社」「千畳敷」(長門市)

7月17日、山口県長門市通で開催された通くじら祭りと、同じく長門市にある元乃隅稲成神社、千畳敷を訪れた。非常に天気が良く、日差しの強い1日だった。

通くじら祭りは朝9時から開催され13時にはすべての内容が終えられるため、いつもより30分ほどはやい出発となった。今年の開催内容は和船競漕大会、古式捕鯨の再現、通鯨歌保存会と通小学校児童による鯨歌の演唱であった。通地区は漁業の町であり、海の伝統文化として「古式捕鯨」や「和船競漕」が古くから伝えられてきた。伝統文化の継承と地区民相互の連帯を高め、通地区を活性化することを目的に通くじら祭りが開催されている。地区外との交流を増やすためとして「古式捕鯨の実演参加者」を外部から募集しており、とても面白い試みであると感じた。

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日本の文化は閉じたものになりやすい印象を持っていたため、統文化を地区限定の閉じた文化とするのではなく、地区外との交流の手段として用いるのに新鮮さを覚えた。「くじらが出たぞー!」という呼びかけから始まる古式捕鯨の再現ではくじらの模型が使われており、その模型が時折潮を噴き上げていたのが印象的だった。くじらが潮を噴き上げていることでよりリアルに感じた。また、くじらの背中に乗りあがった男性が銛を突き立てると潮の色が赤に変わり、血しぶきをあげているように見えた。古式捕鯨に参加している男性や船の幟にくじらの血がついていたのが、迫力があって印象深かった。

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午後からは元乃隅稲成神社へ向かった。元乃隅稲成神社はむかし地域の胴元であった男性の枕元に現れた白狐が「これまで漁をしてこられたのは誰のおかげか。吾をこの地に鎮祭せよ」と述べたことから、島根県津和野町太鼓谷稲成神社から分霊された神社である。「稲荷」神社は全国に数多く存在するが、元乃隅稲成神社は島根県津和野町太鼓谷稲成神社と合わせて全国に2つしかない「稲成」神社となっている。元乃隅稲成神社の特徴といえば100メートルに渡って並ぶ123基もの鳥居である。また、下方には大きな岩場があり、海に面している。海面からの高さがあり足場が悪く、海風も強いのだが柵のようなものは一切なく、自然のままになっていた。

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次いで、千畳敷を訪れた。千畳敷は標高333メートルの高台であり、海と空のパノラマを望むことができる。また、キャンプ場でもあり、テントを張っている人もちらほらと見受けられた。千畳敷からは先程まで近くにあって海風を感じていた海が遠くにあるのが不思議な感じがした。また、広々とした草原を訪れる機会は普段滅多にないため、貴重な経験だったと感じる。

7月17日の実習では、海・山・空・草原と、様々な自然に触れることができた。<文:哲学・思想コース2年次・船倉榛名>

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今回の実習では、長門市通の「通くじら祭り」及び付近にあるくじら資料館の見学、元乃隅稲成神社と千畳敷を訪れた。

くじら祭りについては、想定していたよりも規模が小さいという印象だった。また、祭りの花形であるクジラ漁の再現がかなり離れた海面で行われていたということもあり、あまりいい写真が撮れなかった。クジラの張りぼての内部には4人の人が潜んでいて、潮や血を噴くクジラを操作していたらしい。あの気温ではさぞ暑かっただろうと思う。真っ赤な褌を締めた若者たちが気勢を上げ、勇ましく漁に興じていたのは面白かったが、欲を言えばもう少し近くで観たかった。

 

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元乃隅稲成神社では、たくさんの列に並んだ鳥居を潜って海に面した崖を楽しんだ。潮風が非常に強く、煽られて海に落ちるのではないかと心配になるほどだった。しかしながら、一列におびただしい数の鳥居が並んでいるのは壮観で、私は昔訪れた京都の伏見稲荷を思い出した。元乃隅稲成神社は階段がそこそこ急だったこともあるが、非常に怖い思いをした。しかし、崖から見る海は非常にきれいで、また訪れてみたいという気分になった。私が生まれ育った岡山県の瀬戸内海はあまりきれいではないので、沖縄に修学旅行で行ったとき以来の「きれいな海」という気持ちを思い出すことができたかもしれない。贅沢を言えば、次はもう少し涼しい季節に行きたいが。岸壁に打ち寄せて、白くしぶきを上げながら逆巻く潮流は見ごたえがあったし、他の山口県内の観光名所もまた回ってみたいと思った。<文:哲学・思想コース2年次・畑上隼也>

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『共同体の秩序の更新と確認を目的として行われる祭というものには、必然的に「暴力性」が孕まれる、ということになるわけである。』

青海島の通地区で行われた通くじら祭りを見物する中で、私は六車由美の『神、人を喰う 人身御供の民俗学』の中にあったこんな一節を思い出していた。

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かつての捕鯨を擬似的に再現していたこの儀式が特に印象強く記憶に残っているのがその再現にあたってのリアリティの凄まじさである。儀式の中で使われた張り子の鯨は内側からの視界は無いようなもので、大人が何とか入り込めるくらいの広さしか無い鯨の口を模した穴だけで、その移動方法も船などが随伴・曳航しているわけではなく(おそらくは縄か何かで陸地へと引いていたか、内側に動力があったかと思われる)鯨が漂う姿をそのままに示しており、果ては銛で刺された傷口から血糊が吹き出すギミックを仕掛けていたほどであった。

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そして、鯨のグロテスクなリアリティに反して人間の動きが極めて儀式的であったのが気になった。宙返りをして『鯨』から飛び降りたり大げさな身振りをしてみせるなど(もちろん儀式である以上は類似するのは当然のことではあるのだが)演劇に近似したものを感じさせ、『鯨』との間に若干のリアリティの隔絶を感じさせた。しかし、そのリアリティの差というものが却って『鯨』の現実感を色濃くしていたように思えるのだ。私が見物していたあの儀式において、『鯨』だけは紛れも無い本物の命だったのだ。

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なぜ、というのがこの再現を見終えた私の率直な感想だった。祭りの中には暴力性が孕まれるという六車の言葉通り多くの祭りには良くも悪くも日常から開放されるという目的が背後にあり、それを通じて人は浄化される。無礼講とも言うように祭りは日常の世界から非日常の世界に踏み込むことである。故にこの限定的な異界のなかでは人と神・霊が同じ視点に立つことすら有りうることであり、その場所においては一種の対等関係にあるとも言えるだろう。祭りという振る舞いによって人は神・霊の存在を強く浮き上がらせ、神・霊の存在を感じることで人は日常から開放され自身の存在や命などといったものを改めて意識する。この主客の絶え間なき入れ替わりこそが祭りなのである。しかし、この捕鯨再現のなかで主であるものはまさしく『鯨』であり、我々人間というものはその生命の現実味に霞んでしまっていたように私には思えたのだ。

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今思えばこの発想は全く勘違いとしか言えない。私は祭りの主題というものを履き違えていた。当時私はこの祭りを葬式や現在でははだか祭として知られる灘追神事のように、穢れを鯨の霊魂に託すことで開放されるものと考えていた。おそらくは資料館において展示されていた捕鯨用具やらの類の印象が残っていたのかもしれない。なんにせよ私はこの祭りの主題が過去の捕鯨再現であると思い込んでいたため見落としていたが、正しくこの祭りの目的であるものは鯨の鎮魂であり、捕鯨再現というものはその儀式を行うための前座に過ぎぬものであったのだ。なぜなら捕鯨というものは狩猟であり、そこには生命の終わりというものが付いて回る。そして、その死こそが鎮魂というそれにおいては始まりであるからである。

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後に先輩から聞いた話によると、陸揚げされた『鯨』の中からは小さな鯨(ぬいぐるみであったと聞いたが記憶が曖昧なため確証はない)が取り出され、たちまち鯨墓の前へと運ばれていったそうだ。残念ながら体調を崩して資料館で休んでいた私は見届けることが出来なかったため憶測でしか語ることは出来ないが、命を奪われる前の海をたゆたっていた時から『鯨』のうちに宿していたこの小鯨こそが鯨の魂であったのだろう。『鯨』のリアリティ、苦しみや痛みを感じさせるグロテスクや、それを際だたせるための演技というものは全てこの魂のリアリティを真なる鯨の再現とするためのものであったのだ。

鎮魂というものは日常の中を生きる私達の中にも強く根付いている考え方であるが、あまりにもその距離が近すぎたがために、今やそのリアリティはどこまでも遠く離れた物となってしまっている。葬式で涙を流すものが一握りでしか無いのも、社会的かつ緩慢な死を迎えていた故人の死というものがデジャヴに過ぎず、リアリティの欠如があからさまな物となってしまっているからだ。人でさえこの有様であるならば食料である魚への感情は言わずもがなと言ったところであろう。かつて金子みすゞが『大漁』に詠ったリアリティはグレーゾーン、つまりは社会との間にある境界で擦り切れてしまい、死という名の異界そのモノを隔絶してしまった現代社会では、人の死と重ねてでさえも我々に境界を踏み越えさせるものではなくなってしまっている。既に鎮魂というものは風化し、形骸化が進みきっている概念である。だからこそ、あの捕鯨再現があるのだろう。

私は捕鯨再現を見物した際、なぜだ、と思った。『鯨』のリアリティはあまりにも大きすぎて、人間に対してはその存在というものが霞んでしまったような演劇的フィクション性を覚えたからだ。しかし、その答えこそが『鯨』のリアリティを高めたことで当然のように伏侍するものとなる『鯨の死』のリアリティにあったのだ。

既に我々から死は限りなく遠くに離れてしまい、目の前でそれを見ることでもない限りそれを実感することはない。魂の存在など以ての外、触れることも見ることも出来ないものを信じられないくらいには人間は不感症に陥ってしまっている。その鈍感な触覚を超えて、神・霊といったものを感じらせることのできる答えの一つがまさに通くじら祭りなのだろう。この祭りが現在も形骸化していないのはかつての通地区に青年組などを始めとした厳格なムラ社会が存在し、その秩序の更新と確認に祭りが使われたことも関与するだろうが、その最大のものは擬似的死を現実まで押し上げ、受け手次第ではただの茶番にもなりかねない鎮魂、その背後にある『死』の異界に濃密なリアリティを与えることで、不感の源である社会の壁を取り払うからだろう。社会の外縁に居座っている分厚い境界を乗り越えられるからこそ人はこの祭りに足を運び、この祭りは過去のものと忘れ去られることなく続いてきたのだ。

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共同体の秩序の更新と確認を目的として行われる祭というものには必然的に『暴力性』が孕まれる。すなわちそこにはケガレが存在し、しかし、その先にこそハレの世界は存在する。ケガレがあったからこそハレは色濃く現れる。今回の実習はそのサイクルが如実に感じられるものであったと私は思う。<文:哲学・思想コース2年次・中山遼一郎>

  • 2016-07-05 (Tue)
  • 【ゼミ】

宗教学実習:「阿弥陀寺/アジサイ祭り」「防府天満宮」「大平山山頂公園」(防府市)

今回の実習では防府市を訪れた。阿弥陀寺のアジサイまつり、防府天満宮、大平山公園に行った。

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まずアジサイまつりについて。アジサイは土が酸性だと青色に、アルカリ性だと赤色になるそうだ。リトマス試験紙と逆なのがおもしろい。アジサイと言うと丸くたくさんの花が咲いているイメージだったが、縁だけに控えめに花が咲いているものもあった。後で調べたが、縁だけ花が咲くものは額紫陽花(ガクアジサイ)というらしい。私たちが普段見慣れているアジサイは「ガクアジサイから日本で改良された園芸品種(デジタル大辞泉)」とのこと。ガクアジサイの方が原種だった。私はてっきり花がまだ咲ききっていないのかと思って、普通のアジサイの写真ばかり撮ってきてしまった。

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後付けの情報はこのくらいにしておいて、ぽこぽこまん丸く花が咲いている様子がとてもかわいらしい。ピンクや、水色、その中間の紫色のものが多かったが、真っ白なアジサイもあった。大きいものでは、人の顔以上ありそうなものもあった。

少し歩くと小川があって、水車が涼しそうに回っていた。あまり見る機会がないので撮っておいた。雨の日が多いせいか、水の量が少し多かった。夏は涼しくて気持ちよさそうなところだ。

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アジサイをぼんやり眺めていただけなのに、サンダルが壊れてしまった。途中で買い替える羽目になった。

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防府天満宮は、赤や緑のカラフルな建物が多かった。歩いていると刀剣乱舞のコスプレをした人たちを発見した。神社などは、和風のキャラクターのコスプレに合っているのだろう。歩いている途中で猫を見つけて、写真を撮らせてもらった。そこにいるだけで幸せな気分になる。今のLINEのアイコンにしている。

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大平山公園は、天気があまり良くなかったせいか、私たちのほかには1・2組の家族連れが来ただけだった。土曜日にもかかわらずうら寂しいところだった。滑り台の最後の部分だけ濡れていたり、遊具に乗ってみると上からしずくが落ちてきたりした。あと虫が多かった。人がいないというだけで、楽しい公園もかなり不気味に思えた。トンネルタイプの滑り台があったが、中が暗くてとても滑る気になれなかった。特に私は実習先で調子に乗るとろくなことがないのでやめておいた。2年生が滑るのを、一度入ったら出てこれないのではないか、とはらはらしながら見ていた。もちろんそのようなことはなく無事に出てきたが、滑ったらズボンが濡れてしまったそうなので、結果的に滑らなくて良かったと思った。

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草スキーもあった。私は小さい頃草スキーで左手の骨にヒビが入ったので、少しトラウマである。滑ってみたら案外楽しい。芝が濡れていなければもっと良かった。何かと散々な今回の実習だったが、山の上から見た景色は格別だった。晴れていたらもっと遠くまで見渡せるのかもしれない。<文:宗教学研究室3年次・一ノ瀬千優>

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今回の実習先は、防府市の周防阿弥陀寺、防府天満宮、大平山山頂公園でした。

初めに阿弥陀寺のアジサイ祭りへ行きました。紫や青だけでなく、赤や白など見たことのないアジサイが至る所に咲いていました。少し雨が降っていましたが、アジサイを見るには丁度いい天気ではないかと思いました。アジサイは梅雨の時期に咲くので、カラッとした晴天の日に鑑賞するものではないような気がします。

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阿弥陀寺のパンフレットにアジサイの花言葉について書いてありました。アジサイの花の色は七変化することから、花言葉は「移り気」。「移り気」と聞くと、飽きやすい、浮気などのネガティブなイメージがありますが、パンフレットには、仏の世界観から「人生は無常である」いうことを語っているのではないかとありました。毎日同じことを繰り返していると、人の世がはかないことを忘れてしまいます。アジサイを見ることで、人生を見つめなおすことができるのではないかと思いました。

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お昼頃に防府天満宮に行きました。防府天満宮には何回が行ったことがあります。人がそんなに居ないので、ゆっくりできる私のお気に入りの場所です。この日は天神市が開催されていました。天神市は、菅原道真の誕生日6月25日、薨去の2月25日にちなみ、毎月25日に開催しているようです。皿や切手、置物など様々なものが売られていました。私は押しに弱いので、こういったところは苦手です。今回もおじさんの押しに負けて、パンとくずもち、わらびもちを買ってしまいました。断れるようにならないといけないなとは思うのですが、なかなか難しいものです。

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最後に大平山山頂公園に行きました。寒くて半袖で来たことに後悔しました。無駄な建物がなく緑が多かったので、清々しい気持ちになれました。同時に、誰もいなくて暗い雰囲気が少し怖いなとも思いました。山から見下ろした町はとても小さく、こんな小さく狭いところに住んでいるのかと驚きました。

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変わった遊具がいくつか置いてありました。ケガをしそうな怖いものが多かったので、あまり遊ぶ気にはなれませんでした。小さい頃は、ケガを恐れずにどんな遊具にもすぐに飛びついて遊んでいたのに、今では楽しみたいという気持ちより「ケガするかも…」という不安な気持ちの方が大きくなってしまいました。大きくなると、色んな危険予測をし、何でも積極的にしようとする気持ちがなくなるのかなと思い、残念な気持ちになりました。<文:宗教学研究室3年次・小野寺沙紀>

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6月25日、山口県防府市の阿弥陀寺、防府天満宮、大平山山頂公園を訪れた。阿弥陀寺にてにわか雨に降られたものの、それ以降は天候も持ち直し、各所を楽しんで回ることができた。

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阿弥陀時は正式名称を「東大寺別院阿弥陀寺」と言い、重源により東大寺の周防別所として創建されたとされる。現在では80種・約4000株のアジサイが境内に植えられており、あじさい寺として有名である。あじさいが見頃になる毎年6月にはあじさいまつりが開催されているが、今年の開催日は6月25日だった。今回は残念ながら参加することができなかったが、お茶や花供養などのイベントが行われているようだ。阿弥陀時は山中にあり、非常に緑が多い。また境内も広く思ったより歩くことになったが、境内のあちこちにある色とりどりのあじさいを見ながら歩くのはとても楽しく、あまり苦には感じなかった。途中でにわか雨に降られたりもしたが、雨に濡れたあじさいは風情があり、雨上がりに見ることができてよかったと思う。

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続く防府天満宮では表参道に露店が並び、バザーが開催されていた。この催しは天神市といい、毎月25日に開催されている。ホームページで確認したところ、出店は無料であり、生鮮産品・日用品・雑貨・衣料品など様々な品物が売られている。私たちが訪れた時も、パンや漬物といった食べ物から手作りの布小物、古い貨幣などいろいろな物が並んでいて面白かった。店を出している人が、丁寧に商品の説明をしてくれたり試食を勧めてきたりと積極的に話しかけてくるのが印象的だった。

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今回の実習の最後は、大平山山頂公園を訪れた。大平山山頂公園は名前の通り大平山の山頂にあり、標高が高いためか少し肌寒さを感じた。現在、大平山山頂公園はロープウェイが廃止されており、山頂までは車で向かうことになる。山頂公園からの景色は素晴らしかったため、ロープウェイに乗って外の様子を見られないのが残念だ。山頂公園には遊具や草スキー場があり、それらを見るのは久しぶりだったため、恥ずかしながら少しばかりはしゃいでしまった。特に小学校の頃によく遊んでいた草スキーがあったのが嬉しく、また懐かしくも感じた。いくつかの遊具では実際に遊んでみたのだが、幼い頃には物怖じせずに遊んでいたであろう遊具が危険なものに感じて、遊ぶのに躊躇した。思い切ってやってみれば子供の時と変わらず面白く久しぶりに遊んだことも相まって、かえって今の方が楽しめたようにも思う。幼い子どもは度々無謀とも思える行動を起こすが、彼らには思い切りの良さがあるのだと感じた。<文:哲学・思想コース2年次・船倉榛名>

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  • 2016-07-04 (Mon)
  • 【ゼミ】

宗教学実習:「豊田のホタル祭り」(下関市)

今回の実習の行き先は、下関市のホタル祭りでした。ホタルは山口駅近くの一の坂川で一度見たことがあるので、下関ではどのように見えるのか楽しみでした。

まず初めに「豊田ホタルの里ミュージアム」に行きました。そこでは、ホタルに関することが、模型や映像などで分かりやすく紹介されおり、子どもから大人まで楽しめるように工夫されていました。

2016611 下関 ホタル祭り_4616

ホタルの光で本が読めるかどうかを体験できるコーナーがありました。体験前はホタルの光にすごく明るいというイメージがなかったので、絶対に読めないと思っていました。しかし、ホタルの光は意外と広範囲を明るく照らし、問題なく文字を読むことができました。ホタルの光で勉強をした人の話を聞いたことがあります。今までは、勉強なんて出来るわけがないと思っていたのですが、体験してみると意外と出来るかもと思いました。

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三択クイズに答えていくスタンプラリーがありました。答えは必ず館内のどこかに書いてあり、多くの子ども達が挑戦していました。私も尾崎さんと船倉さんと挑戦してみたのですが、意外とクイズが難しく自分の知識で答えることのできるものはありませんでした。問題を見て答えを探してということを繰り返していたので、かなり時間がかかりました。スタンプラリーの賞品は5種類ほどあり、そのほとんどがイラストカードなど自分の手で作って完成させるものでした。何かを作るということは小学生以来ほとんどしていないので、とても新鮮でした。

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ミュージアムを出た後、空が暗くなるまで屋台の中をぶらつきました。浴衣を着ている子どもがたくさんいました。その中にフリルのついた浴衣を着た子がいました。私が小さいときはそのような浴衣はありませんでした。私の知っている浴衣は紺や青などの暗い色の中に金魚や花が描かれている奥ゆかしいものですが、最近は特定の絵が描かれていないカラフルで可愛い浴衣が多い気がします。

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夜8時ぐらいにバスに乗ってホタルを見に行きました。外灯などのない真っ暗な中でホタルを見るのは今回が初めてでした。暗闇にたくさんのホタルの光が浮かび幻想的でした。すごく明るいわけではないのですが、はっきりとその存在がわかりました。写真に収めることは出来ませんでしたが、ホタルの光は花火とは違って写真に撮った後でも楽しめるものではなく、その場でしか味わえないものなのかなと思いました。<文:宗教学研究室3年次:小野寺沙紀>

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6月11日、下関市豊田町で開催されたホタル祭りに行ってきた。ホタル祭りの開催地周辺には「ホタルの里ミュージアム」という施設があり、そこではホタルの生態や豊田市の虫・地質などについて学ぶことができる。ホタルの里ミュージアムの常設展示の中で最も目を引くのは、人間大のサイズで作られたホタルなどの虫とその周りの自然の風景である。模型のコーナーは広く確保されており、ホタルの視点で自然の様子を感じることができ、私たちが何気なく見ている魚やクモ、アリなどがホタルにとってはかなりの脅威になり得るのだと実感することができた。

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入場券の裏に記載されているクイズラリーに取り組む過程で、他の常設展示もすべて見て回ったが、とても興味深いものが多かった。例えば、発光するミミズがいることやホタルは種類によって光り方が違うことなどは、ミュージアムの展示を通して新たに得た知識である。私の知らないことはまだまだ多く、それらの多くは知ろうとしなければ得られないものなのだと痛感した。

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ホタル祭りでは、様々な屋台やステージでのイベントが開催されていた。「ホタルおみくじ」の看板を度々目にしたが、どういうものなのだろうかと疑問に思った。結局、ホタルおみくじはひかなかったが、今になって思うとひいてみればよかったかと少し後悔するところである。

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日が暮れるとバスに乗り、ホタルがよく見えるという場所へ行った。残念ながら写真に収めることはかなわなかったが、その場所では川辺を飛ぶ多くのホタルを見ることができた。ホタルの光はやはり綺麗だと感じた。真っ暗な中、小さな光が浮かびあがって飛んでいる様子はある種幻想的で、その光が生物であるというのがまた面白いところである。小さな虫であるホタルが光を放つ様子に、人々は「命の輝き」といったようなものを見出すのではないかと思う。

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帰り道には、祭りの締めである打ち上げ花火が上がっていた。祭りの締めと言えば花火であるというのは定番のようになっているが、それはどうしてだろうかと疑問に思う。屋台よりも遥かに非現実的である花火が夜空に上がっては消えていく様子に、非日常である祭りの終わりを重ねて見るのだろうか。そうだとしたら、祭りの締めの定番は花火というのも、日常に帰るためのある種の儀式的な意味合いを含むのかもしれないと感じる。<文:哲学・思想コース2年次・船倉榛名>

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  • 2016-06-07 (Tue)
  • 【ゼミ】

宗教学実習:「エヴァンゲリオンと日本刀展」(岩国市)と「白壁の町並み」(柳井市)

今回の実習では、岩国美術館の「エヴァンゲリオンと日本刀展」と、白壁の町・柳井市を訪れた。

まずエヴァンゲリヲン展について。「エヴァンゲリオンと日本刀展」は2016年5月14日(土)~7月10日(日)まで、岩国美術館で展示されている。

私もエヴァのファン、といっても劇場版はテレビ放送で、アニメ版はTSUTAYAで借りて見ている途中という“にわか”なのでせいぜい下手なことを書いてファンの逆鱗に触れないように気をつけよう(映画とアニメで表記が違うことを最近知ったが、ここではアニメ版の表記で)。

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入り口には早速レイとアスカの等身大フィギュアが置いてあった。音声案内をつけると、登場人物の一人・葛城ミサトの声で案内してくれる。受付前では、コラボ作品の刀を制作した刀匠の方がネームプレートを彫っていた。

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コラボ作品のほとんどは写真をとることができた。右の写真は綾波レイをイメージした刀である。刀身はもちろん、鮮やかなさやにも目が行ってしまう。また、本物の刀身を持つことができたが、両手で持つのがやっとだった。キャラクターをイメージした作品はもちろん、作中でエヴァが使用する武器を模した作品もあった。

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「ロンギヌスの槍」もその一つである。近くで見ると木目のような模様があるのがわかる。数種類の金属を層状に重ねて鍛えてできる模様だという。ただ、重すぎてとても使うことはできなさそうだ「かっこいいけど使わない言葉」に「武器」と答えた人がいたことを思い出した。

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次に白壁の町柳井について。駐車場を降り、少し路地に入るともう両側白壁だった。その日は曇りで過ごしやすい気候だったが、空の白と壁の白がマッチしていい雰囲気だった。途中至る所に金魚の提灯がつるしてあったが、ゆるキャラか何かだろうか。道端にふわふわの猫がいた。

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建物には食堂、カフェ、文具屋、煎餅屋、時計店などがあった。そのうち文房具店には、先ほど外にたくさん吊るしてあった金魚のグッズがたくさん売っていた。他にも売り物ではないが、昔の文房具が展示されていたので、文房具好きの私は写真を撮らせてもらった。

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白壁の町並みを抜けると、ごく普通の市街地だった。そこには町並み資料館、オルゴールの館グリムなどがあった。

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オルゴールの館は、一見すると時計台のようなレトロな建物だ。「館」といっても一般客が入れるようなドアは見当たらず、代わりにオルゴールらしき機械が設置されている。百円玉を入れると、「ふるさとの夕暮れ」というどこかで耳にしたことがあるような音楽が流れだす。こんな募金箱を作ったらお金が集まるだろうなと思った。

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他にも、白壁の醤油蔵などがあった。このあたりは醤油づくりが盛んなようだ。蔵は意外と広くて薄暗く、醤油の香が立ち込めていた。木製の大きな樽がいくつも置いてあり、上から製造途中の醤油を見ることができた。

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気づけば「こんなところに住めたらいいな」などと話していた。「住めば都」とはよく言うが、私は東京のような都会にはあまり住みたいと思わない。旅行などで何度か行ったが、その数日だけでくたくたに疲れてしまう。アスファルトと白壁、同じ人工物でも、こうも印象が違うのはなぜだろう。<文:宗教学研究室3年次・一ノ瀬千優>

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5月28日、山口市岩国美術館を訪れ、7月10日まで開催中の「エヴァンゲリヲンと日本刀展」を鑑賞した。「エヴァンゲリヲンと日本刀展」は、元々岡山の備前長船刀剣博物館で企画展として開催されたもので、それが巡回展となっている。そういった経緯から「エヴァンゲリヲンと日本刀展」はその企画運営をテレビせとうちが担っている。また、テレビせとうちは開局以来ずっと日本刀企画に力を入れており、日本刀に非常に造詣が深い。今回の会場である岩国美術館は「日本の優れた伝統文化・芸術品、そしてその伝統文化が育んできた 豊かな精神性を、皆様にお伝えするために誕生しました」と公式ホームページに記載のある通り、「生死の文化」と題された刀や兜、火縄銃といった武士の道具から「生活の文化」と題された水差しや茶碗、鞍などの生活道具までを、当時の人々の精神を表す美術品として数多く所蔵・展示している。

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今回の実習では時間の都合上、常設展示をじっくり鑑賞することはかなわなかったが、兜の展示を見るにあたっての心構えとして以下のようなことが記されており、非常に印象的だった。曰く、“兜の形には意味がある。兎を模したものならば「注意深く周囲に耳を傾けなさい」、横歩きしかできない蟹を模したものならば「怖気づいて簡単に後退するな、かといって無謀に前進もするな」といった風に、兜はそれぞれに意味を持っている。これらのメッセージは現代の我々にも通じるところがある。そういった気持ちでこれらの兜を鑑賞し、自らの生活に当てはめて考えてみてほしい。”美術品を鑑賞することには昔の人々の生活や精神に思いを馳せるほかに、今の自分自身を見つめなおす意味もあるのだと感じた。

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「エヴァンゲリヲンと日本刀展」のコンセプトは「エヴァンゲリヲンの世界(その中でも「エヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の世界)を日本刀で表現する」ことである。劇中に登場する武器や、劇中のキャラクターをイメージして作られたオリジナルの日本刀などが展示されている。なかでも目を引くのはやはり、全長3.32メートルと非常に大きい「ロンギヌスの槍」である。すべて金属製であり、柄の部分もねじり合わせてつくられている。この制作過程は動画で紹介されており、材質選びからねじり合わせの工程まで、こだわりや苦労を感じさせられる。

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ポスター等に使われているイラストでキャラクターが持っている刀は、それぞれをイメージして作られた実際の日本刀を描いたものである。中でも強いこだわりを感じたのは式波・アスカ・ラングレーをイメージして作られた「弐号機仕様 短刀<式波・プラグスーツ>」。刀身にアスカが透かし彫りされており、通常以上に繊細な作業を要求されただろうと素人目にも見て取れる。

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他に、エヴァンゲリヲンの企画書・設定資料や新劇場版の複製原画の展示もされていた。企画書には、エヴァンゲリヲンをどういった層向けのアニメーション作品としたいのか、エヴァンゲリヲンという作品を通して観るものに何を伝えたいのか等について書かれており、制作者の熱意を強く感じた。また、エヴァンゲリヲンについての知識を持っていなかったため、視聴したことがあれば感動もひとしおだったろうに、と少し残念にも思った。

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今回、前述した「兜の展示を見るにあたっての心構え」を心に留めて「エヴァンゲリヲンと日本刀展」を鑑賞したのだが、日本刀のまっすぐな刀身と、従来の日本刀のイメージを覆すような配色やデザインを見て、「すらりと一本筋の通った人間でありたい」、「固定観念にとらわれすぎない様にありたい」と感じた。自分自身を見つめなおすよいきっかけになったと思う。<文:哲学・思想コース2年次・船倉榛名>

 

  • 2016-05-27 (Fri)
  • 【ゼミ】

光市の普賢(ふげん)祭りとバラ祭り(宗教学実習、2016年5月14日)~その2

今回の実習先は、光市の普賢祭りと冠山総合公園のばら祭であった。今年春に山口に住んで4年目を迎えたわけであるが、光市には初めて訪れた。今まで光市に対するイメージなどは持ち合わせていなかったが、実習前日にインターネットを見てみると、当の普賢祭は県内でも非常に知名度が高いようであった。前年度の写真を見ながら当日を待った。

普賢祭は普賢寺を中心に屋台が軒を連ねていた。会場は想像以上に広く、片道30分近くかかる場所もあった。飲食系の屋台は勿論、お化け屋敷や射的といった娯楽系のものや、手相占いやおみくじなどスピリチュアルな催しもあった。いつも食べ物にばかり浪費してしまい、その分体重が上乗せされるという悪循環に陥っているため、今回は手相占いに人生初挑戦することにした。500円で、今年の運勢、恋愛面、金銭面、健康面、学業面のいずれかを尋ねることができるのである。正直なところ、全て自分の努力次第で何とかなると思っているので尋ねる必要はなかったのだが、お金を払った以上何かを聞かなければならない。

どの分野も広く浅く話してくれるだろう今年の運勢を占ってもらうことにした。占い師によると、今年は全体的に気運が高いとのことで、何をするのにも良い時期であるらしい。学年と現在の様子を問われ、就職が既に決まっていることを答えると、大学生活の集大成を自分の中で創り上げつつ、来年に向けての準備をコツコツと進めるのが良いと説かれた。肝心の手相の方は形が面白いらしく、“個性的だ”と言われた。手相と生年月日を元に占ってくれるのだが、一番見られているのはやはりその人の人相や雰囲気、要は人柄なのだろうなと思っている。占い師の質問に対し、自分について思わず語ってしまうと余計に“自分”というものが割れてしまう。あそこで黙っていたら、結果はまた違うものになっていたのだろう。占い師の裏を暴きたい気持ちで今はいっぱいである。勿論しっかり飲食も済ませ、普賢祭を後にした。

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冠山総合公園のばら祭は、着いた当初フラワーパークのような植物園かと錯覚してしまうほどの美しさだった。あの質と規模で入場料無料というのは非常に驚きである。ひとつ残念だったのはソフトクリームが売り切れだったことである。しかしばら祭以外の日本庭園なども手入れがしっかり行き届いており、気持ちの良い空間が設計されていた。自然公園の中には、冠山総合公園のように人の管理によって自然が成り立っているものがあるが、そうだとわかっていても、晴れた日にゆっくりと散策してみると気持ちがいい。最近花の撮影に関心があるので尚更楽しい一日であった。<文:宗教学研究室4年次・畑中千尋>

 

  • 2016-05-27 (Fri)
  • 【ゼミ】

光市の普賢(ふげん)祭りとバラ祭り(宗教学実習、2016年5月14日)~その1

今回の実習では、光市の普賢(ふげん)祭りとバラ祭りを見学した。当日は良い天気で、少し暑いくらいだった。まず普賢祭りについて地元の人たちは「お普賢さん」と呼んでいたそうだ。

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行ってみると大勢の人たちでにぎわっていた。私はてっきり地元の小さなお祭りだと思っていたので、人の多さと規模に驚いた。土曜日で天気に恵まれたということもあるだろう。お年寄りや家族連れだけでなく、地元の小学生らしい子どもたちのグループも見える。

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なにやらモクモクと煙が立っていると思ったら、線香の煙だった。お腹がすいていたが、まずはお参りをする。仏壇に置いてある香炉を大きくしたような入れ物に、線香を買って入れることができる。いい香りがするが、煙たかった。賽銭箱があり、ひもで鈴を鳴らすのは神社と同じだった。みんなしてガラガラするので、一個鈴が落ちてしまったようだった。後で調べたところ、お寺のお参りでは柏手は打たないそうだ。お線香の香りは神仏の食べ物らしい。咳き込んで申し訳なかった。食べ物の露店がたくさん立ち並んでいた。おそらく大概の人はこちらが楽しみだろう。大道芸人まで来ていた。錦帯橋祭で見た親子が楽しそうだったので、雑貨の露店で竹とんぼを買ってしまった。

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車で移動し、バラ祭りの会場である冠山総合公園へとやってきた。今回で9回目を迎える。公園は緩やかな山の斜面にあり、広い敷地を持つ。こちらも大勢の人たちで賑わっていた。道に沿ってバラの鉢がたくさん並べてあり、芳香を放っていた。バラのトンネルを抜けると、庭のようになっていた。バラにもたくさんの種類がある。ある一画には、お姫様の名前がつけられたバラが植えてあった。坂を上ると日本庭園になっていて、鯉の池があった。鯉に餌をあげるとばちゃばちゃと寄ってくる。

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もっと上の方にも日本庭園があったらしいが、新しい靴で足が痛くなってしまったので休憩して待つことにした。そこで小さな男の子を連れた家族連れに会った。別れ際に「ばいばい」と手を振ってくれた。現代にとってのお祭りは、何を祭っているのかはもはやどうでもよく(失礼)、葬式などと同じくより形式的になっている。神仏や祖先を祭る儀式のことではなく、とにかく人が集まってわいわいすることを「祭り」と呼んでいるような節もある。しかし、いつもとは違う空間を作り出し、一緒に騒ぐことで人々のつながりを保ち再確認するという役目は、昔から変わっていないのではないか。<文:宗教学研究室3年次・一ノ瀬千優>

  • 2016-05-27 (Fri)
  • 【ゼミ】

錦帯橋祭り(宗教学実習、2016年4月29日)

私はほとんど外に出かけないし、用事で外出するときも常に音楽を聞きながら移動しているので、今回の実習は新鮮で、いつもとは違う軽い良い気持ちになりました。錦川は、昨日の大雨にも関わらず澄んでいて綺麗でした。錦帯橋から見る川と、遊覧船に乗って間近に見る川とでは雰囲気が違うように思いました。橋の上から見る川を見ていると、“川”ということが強調されて引き込まれるような感覚になったのですが、遊覧船に乗っていると、あまり川と自分との隔たりがなく溶け込むような感じがしました。

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遊覧船の係りの人が「遊覧船に乗った後は、疲れがとれているはずだから『お疲れさまでした』とは言わない。」と話していました。確かに、かなりリラックスできたと思います。川のにおいや手を伸ばせば届く位置に水があるなど様々な理由があると思いますが、一番の理由は、人が少ないということではないかと思いました。自然は人の気持ちを安らげるとよく聞きますが、どんなに自然に囲まれていても人の多い場所だと、身体的にも精神的にもあまりゆったりできません。神社や寺でも、人の少ない朝に行く方がよりパワーをもらえると聞いたことがあります。人から発せられる目に見えないかなり多くの“気”が自然や周りの人に様々な影響を与えているから、そういわれているのかなと思います。祭りという人の多い、ストレスの溜まる場所では、特にそうした静かな瞬間が必要なのではないかと思いました。

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川はずっと動き続けるものなので、それを見ていると時の流れを感じることができ、その中でぼーっとするのはなかなか良いものでした。自分の座っている位置に川が流れており、自分の空間が広がった感覚がありました。私は、一人でいるのが好きなので、そうした静かに物思いにふける時間は本当にいいと思うのですが、人と話すのが好きな人はどう感じるのか気になりました。

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「岩国シロヘビの館」で、初めてシロヘビを見ました。ヘビが苦手な人が多いイメージだったので、館内にたくさんの人がいることに驚きました。シロヘビは、願いを叶えてくれるなどの言い伝えがあるので、気持ち悪いなどの悪いイメージを持つことなくじっくり見ることができました。ヘビの体の構造が分かる模型があり、あの細長い体の中に人間と同じものが入っているということに少し感動しました。人間と違う形の生き物を見ると、どうしても人間とは体の構造が異なるゾンビのようなものだと考えてしまい、気持ち悪いと思ってしまうので、そうした固定観念をなくすためにも生物への理解は大事だと思いました。<文:宗教学研究室3年次・小野寺沙紀>

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ジュマリ・アラム

宗教は、人間の文化的・都会的な生活が自然と生命の中心から離れないようにするための、「生の原理」なのでは。

【コース】

哲学コース

【分野】

宗教学

【研究領域】

宗教学、宗教社会学、宗教心理学

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