ゲルマン語の四季の名称(文:下嵜正利)

 今回のリレーコラムでは、ゲルマン語の四季の名称について少しお話してみようと思います。
 英語で、四季の名称は、誰でも知っているように、春がspring、夏がsummer、秋がautumnまたはfall、冬がwinterですが、この内のwinterはすべてのゲルマン語に共通している語彙です。主なものを挙げてみましょう。

 英語 winter
 ドイツ語 Winter
 オランダ語 winter
 デンマーク語 vinter
 スウェーデン語 vinter
 ノルウェー語 vinter
 アイスランド語 vetur

この語は、インド・ヨーロッパ祖語の*ŭed-(湿った、濡れた)という語根から形成されているという説が有力です。そうだとすると、winterはもともと「湿った季節」ぐらいの意味だったものと考えられます。ちなみに、英語のwetやwaterもこの語根から形成されています。
summerも、死滅した言語であるゴート語を除き、すべてのゲルマン語に共通しています。

 英語 summer
 ドイツ語 Sommer
 オランダ語 zomer
 デンマーク語 sommer
 スウェーデン語 sommar
 ノルウェー語 sommer
 アイスランド語 sumar

 この語は、インドヨーロッパ祖語の語根*sem-(夏)から形成されています。ゴート語では、夏はasansですが、これは英語のearnと語源的関係があります。
 春は、言語により様々です。

  英語 spring
  ドイツ語 Frühling
  オランダ語 lente, voorjaar
  デンマーク語 forår
  スウェーデン語 vår
  ノルウェー語 vår
  アイスランド語 vor

 英語のspringは、草木の芽吹く季節であることから付けられた名称です。ドイツ語のFrühlingは、früh(早い)からの派生語です。オランダ語のlenteは、lang(英語のlong)から形成されており、したがってlenteは本来「日が長くなる季節」ということです。ちなみに、ドイツ語にも方言にはこのlenteに対応するLenzという語があります。英語のLentも語源的にはいっしょです。オランダ語のvoorjaarとデンマーク語のforårにおけるvoor-とfor-は、英語のforwardやbeforeのfor(e)にあたり、jaarとårは英語のyearにあたります。つまり、「一年の内の早い季節」ということです。スウェーデン語、ノルウェー語のvårとアイスランド語のvorはラテン語のvēr(春)等と語源的に関係があり、インド・ヨーロッパ祖語の語根*ŭes-(輝く)から形成されています。ラテン語のvērを借用したものという説もあります。
 秋も、春ほどではないですが、言語により違いが見られます。

  英語 autumn, fall
  ドイツ語 Herbst
  オランダ語 herfst
  デンマーク語 efterår
  スウェーデン語 höst
  ノルウェー語 høst
  アイスランド語 haust

 英語のautumnは、ラテン語のautumnusを借用したものです。fallはもちろん落葉の季節であるところから来た名称です。デンマーク語のefterårのefterは、英語のafterにあたります。つまり、「一年の内の遅い季節」ということです。その他の形はすべて、語源的に英語のharvestにあたり、インドヨーロッパ祖語の語根*karp-(収穫する)から形成されいて、元々「収穫期」を意味していたと考えられます。英語でも古英語ではhærfestは「秋」を意味していました。デンマーク語でもhøstという語があり、普通「収穫」という意味で用いられますが、詩などでは「秋」の意味で用いられることがあり、これがより古い意味と考えられます。つまり、かつては、秋の名称は、ここであげているすべての言語で共通していたのです(ゴート語では、春と秋を表す語は、残されている文献の中に見当たらず、そもそも存在していたのかどうかも分かりません)。
 さて、ゲルマン人は元々一年を夏と冬の2つの季節にしか分けていませんでした。春と秋は後から付け加えられた季節です。冬の名称がすべてのゲルマン語で共通しており、夏の名称もゴート語以外のすべてのゲルマン語で共通しているのに対し、春の名称が言語により様々であるのは、ここに原因の一つがあります。秋の名称は、少なくともゴート語を除くすべてのゲルマン語でかつては共通しており、そのため、古い語彙であるとは考えられますが、「収穫期」ではなく「秋」という意味で用いられるようになり四季の仲間入りをしたのは、春よりも遅かったようです。TacitusのGermaniaでは、ゲルマン人は季節を春・夏・冬の3つに分けているということが述べられています(もっとも、Tacitusの述べていることがどれだけ信頼できるかは問題があるかもしれませんが)。

hiems et ver et aestas intellectum ac vocabula habent, autumni perinde nomen ac bona ignorantur.(冬と春と夏は理解されていて、彼らはそれらの名称を持っている。秋の名称は、その実りと同様知られていない。)

 ゲルマン人が本来区別していた季節である夏と冬の内、冬は年数や年齢を数えるのに用いられていました。古英語と古アイスランド語から例を挙げて、今回のリレーコラムを終わりたいと思います(下線部が年数や年齢の表現)。

 古英語
  Her feng Æðelbriht to Cantwara rice. and heold •liii• wintra.(この年、アゼルブリヒトがケント人の国の王になり、53年間治めた。)(アングロサクソン年代記の565年の記述より)
 古アイスランド語
  var ec vetra tólf, ef þic vita lystir, er ec ungom gram eiða seldac.(若い王に誓いを立てた時、知りたいなら言うが、私は12歳だった。)(エッダのブリュンヒルドの冥界への旅より)