研究の舞台 ー 国際シンポジウム

国際シンポジウム『「高尚文学と通俗文学」~ 文化的横断・メディア的横断の視点からの再検討』 報告

人文学部

エムデ・フランツ

 

本国際研究会は、平成27年3月26日(木)から28日(土)にかけて、山口大学大学会館で開催され、9カ国の研究者30名が参加した。初日には、セクション別の発表会に先立って、ボーフム(ドイツ)のルール大学のモニカ・シュミッツ=エマンズ教授(専門:ドイツ文学・比較文学)が基調講演を行った。テーマは「規範的文学作品とそのグラフィック的再現・一般的考察と事例」であった。二日目には、日本現代文学を専門とする本学の平野芳信教授が「村上春樹 その評価をめぐって」と題して講演を行った。研究発表会の使用言語は英語とドイツ語だったが、一般市民にも門戸を開くために、これらの公開講演では研究会支援者により逐次通訳が行われた。公開講演は本大学のホームページやプレスリリースによって公表され、いずれにも20名前後の一般市民が参加した。

このシンポジウムの企画は、2005年のパリ国際ドイツ語・ドイツ文学大会における出会いに始まる。当時パリ大学で博士号を取得し助手となったコンラート・ハッラー氏は、筆者と同じ地域の出身であり、またスイスの作家ローベルト・ヴァルザーの研究者である点でも筆者と共通していた。さらに、ともに「異国」の大学に職を持つ状況にあったことが、私たちの交流に少なからず関係しているようである。彼がフランスのナンシー大学に着任したのをきっかけに、私たちはナンシー大と山大の交流を目指したが、しかしナンシー大学に日本学科はなく、学生レベルでの交流は難しいことが判明したため、研究者レベルでの交流を目指すこととなった。2010年、「大プロジェクト」という件名で、「高尚文学と通俗文学」のテーマでのダブル・シンポジウムを提案するメールがナンシーより届き、ここから2013年11月にナンシー大学で今回と同じ規模の第1回シンポジウムを開催するに至った。このシンポジウムでは恵まれた環境で活発な議論や交流がなされ、その後、この時の研究発表の論集が出版された。

山口でのシンポジウム開催に際しての最大の問題は予算の獲得であった。学部や科研に申請したものの採択不確定な時期が長らく続き、しかしそのような折に山口大学にURA(University Research Administrator)制度が導入され、申請書作成に際して大いにお世話になった。そして幸いにも科研の申請が採択され、シンポジウムの予算を確保することができた。各種の準備に向けて協力者を雇い、数々の事務手続きでは総務企画の方々が踏ん張り、シンポジウム実現のために全力で協力してくれた。発表の応募者を揃えて、プログラムが完成した。

シンポジウムの主題を簡潔に言えば、文学はどのように評価されるのか、ということである。文学作品や作家に対する見方は時代や文化によって大きく変化し、翻訳やアダプテーション、解釈や改作を通じて、また言語や文化圏によってきわめて多様な姿を見せている。例えば2012年の『グリム童話』の初版200周年には、映画界において本格的な童話ブームが起こり、数々の童話が様々な形で映画化された。単純なストーリーや教訓が、その知名度の高さに最新の技術やハイテクがブレンドされて、自由に解釈され様々なジャンルに跨がる作品となって、過去数年間に市場に氾濫している。

このような変容は、広く見渡せば現代に限らず各時代に生じており、文学のジャンルや評価の基準などに常に大きな影響を与えている。本国際シンポジウムの目的は、この変容のダイナミズムに迫り、評価、娯楽や教訓の諸変化に焦点を当てて、それぞれの時代・ジャンル・文化を越えて議論の場を提供することであった。ヨーロッパや日本など10カ国から集まった文学研究者が、文学評価の仕組みについて様々な角度から議論を行った。文学は文化・言語・メディアや時代を超えた人間文化の表現形式であり、「グローバル」と言われる今の時代にこそ注目し再評価すべきものであろう。

研究発表会は、「演劇における詩学と変容」、「翻訳に反映された高尚と通俗」、「文学と映画」などの10セクションに分けられた。発表会は三つの会場でパソコン、プロジェクター、スクリーンなどを用意し、学生スタッフも配置して円滑に発表できるように留意した。海外や学外の研究者のために仮のネットアカウントも用意した。

それぞれのセクションで活発な議論が交され、実りある国際的な研究交流ができた。目下、発表された内容を基に論文を完成して2016年中に論集として出版する準備が進んでいる。会議中や休憩時間には茶菓が供され、参加者の交流も促進された。最終日には大学の茶道サークルのメンバーによる抹茶の提供もあった。日本文化を体験するために、山口鷺流保存会のメンバーに、本研究会のテーマ(高尚・通俗)にも関係していると思われる狂言『千鳥』を披露していただき、大変好評であった。

正式プログラムの終了後には雪舟庭や五重塔、一の坂など山口市の名所を散策した。参加者はリラックスし、穏やかなムードで西の京を満喫した様子であった。今の時代にはメールやスカイプなどで瞬時に世界中が結ばれるが、厳しい議論にせよ、楽しいひと時を過ごすにせよ、直接顔をあわせるにこしたことはない。そして、山口大学と山口市は、ヨーロッパの人達にとって大きな魅力を持っているという印象をうけた。参加者の研究に対する真摯な姿勢、会への積極的な(oder熱心な)参加の様子や感謝の気持ちがよく伝わり、事前の準備の努力や労力が大いに報われたように感じられた。

今回のシンポジウムの準備・実施に当たって、事務方を始め、同僚、学生や支援者の皆様に本当にお世話になりました。この場を借りて深くお礼を申し上げます。