学部長室

脇條靖弘 人文学部長
脇條靖弘 人文学部長

山口大学の人文学部で何を学ぶのでしょうか。もちろん人文学ですが、学問分野としては、とりあえず哲学、歴史、社会学、文学、言語学という名前をあげることはできます。しかし、それらの学問分野は正確には何にどのような答えを出そうとしているのでしょうか。人文学以外の他の学問なら、たとえば、比較的明確な科学的な問い、数学的な問い、経済学的な問い等があって、それ対して明確な答えを与えることができるかもしれません。しかし、やっかいなことに、人文学の場合、もともとそれほどはっきりした問いが定まっているわけではなく、またそれらにはっきりと確定した答えを与えることができるとも限りません。さらに、学問的探求の結果、答えが出るどころかむしろ最初よりさらに多くの問いが発生する結果になることもけっして稀ではありません。

それでも人文学はそのようなやっかいな問いを問い続け、それに答え続けようとします。それは苦しい作業の連続です。正しい答えが定まっていない分、手順を踏んで半ば機械的に答えに行き着く、というようなことはありえません。しかし、そこにこそ人文学部の学問を学ぶ意義があります。人文学を通じて、私たちは創造的に、批判的に考えること、また、問うことを学ぶことができるでしょう。

人間が直面する問題は、小さな日常的なありふれた生活上の問題から、仕事上の問題、さらに大きな政治的問題に至るまで、教科書の練習問題を解くような仕方で解けるものではありません。それはあらかじめ想定されている枠には収まらず、新しい事象や考え方に対応していくことを常に求められています。そのような場面で最も力を発揮するのが人文学を学んだ経験なのです。

そのような問題に対して、人文学は簡便ですぐに効果の出る方法を与えてくれないかもしれません。しかし、回りくどいかもしれませんが人文学を学ぶことは、人間の経験の理解と探求についての理想的な基盤を提供してくれます。哲学の探求は、地球規模で生じている問題について倫理的に考える手立てを与えてくれます。異なる言語を学ぶことは異文化における相違点と類似点を教えてくれます。絵画や映画について考察することは芸術家の人生と作品の関係についての新しい視点を与えてくれます。外国の書籍を読むことは、あるべき政治体制についての貴重な材料を与えてくれます。歴史を学ぶことは、過去を理解しまた未来の姿を描くことを容易にしてくれます。これらはほんの一例です。

歌手や演奏家に技術を習うことで、歌や演奏はできるようになるかもしれません。しかし、私たちを魅了する歌の歌詞の(あるいは旋律でさえ、その)本質は人文学を学んではじめて理解できるものなのではないでしょうか。

人文学部の学問を学んだ経験は、私たちが何をなすべきか、何を価値あるものとするべきかを粘り強く問い、またそれに答えようとする力を与えてくれるはずです。大学時代は若者にとって、人間であるとは何を意味するのか、私たちはどのような人生を歩むべきなのか、を考えるのに最もふさわしい時期です。その問いはまさに人文学の核心にある問いであり、人文学を学ぶことは最も大学生らしい生活を送ることでもあります。人文学を学ぶことで、真の意味で学生生活を有意義なものにして下さい。

山口大学人文学部長 脇條靖弘

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