教員著書刊行情報

哲学・思想コース担当 村上龍准教授が翻訳にかかわった図書が刊行されました。

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西村清和編・監訳 分析美学基本論文集

<書籍データ>
* 単行本: 445ページ
* 出版社: 勁草書房 (2015/8/30)
* 言語: 日本語
* ISBN: 9784326800568

<訳者からひとこと>

 さいしょに,タイトルにふくまれたいくつかの言葉について,補足いたします。「美学」とは,芸術をはじめ,ひろく美や感性にかかわる事柄を対象とした,哲学の一分野を指します。そして,「分析美学」とは,20世紀後半から現在にわたって英語圏を中心にみとめられる,「美学」の一定の潮流を意味します。この「分析美学」のなかでとくに重要と見做されているいくつかの議論の端緒をひらいた,その意味で「基本」的な英語論文9本を独自にピックアップし,邦訳したのが,本書というわけです。
 そういう次第ですので,本書は,上述の<「分析美学」のなかでとくに重要と見做されている議論>ごとに4つの章に,すなわち,第1章 「芸術」の定義,第2章 美的価値,第3章 作品の意味と解釈,第4章 フィクションの経験に,分節されています。それぞれの章,および収録論文について,この場で詳細に説明する余裕はありませんが,たとえば,第1章には,巷に流通する家庭用洗剤の箱と外見上,寸分たがわぬアンディ・ウォーホルの作品≪ブリロ・ボックス≫に触発されて,「何かが芸術作品であるための条件」について考察した,アーサー・ダントーの「アートワールド」が収録されています。また,第4章には,およそ芸術鑑賞を「何かを別のものに見立てる<ごっこあそび>」として位置づけたうえで,「現実に遭遇すれば目を背けたくなるもの(醜いもの,恐ろしいもの,悲劇)を,ひとはなぜ,劇場においてならば喜びとともに見ることができるのか」という,古来の美学上のアポリアに果敢にいどんだ,ケンダル・ウォルトンの「フィクションを怖がる」が収録されています。
 「分析」的潮流の全般的傾向としては,誰しもがふと疑問に思うであろう身近なテーマの選択,論理的に厳密な議論の運びと曖昧さの排除,などを指摘することができ,本書に収録された諸論文も,そうした傾向を共有しています。後者の特徴は,ともすればとっつきにくい印象を与えるかもしれませんが,これは裏を返せば,道筋さえ見失わないかぎり,誰もが議論を明瞭に理解できるということでもあります。また,議論を厳密に運ぶなかでしばしば登場する,特殊な状況設定下の「思考実験」も,「分析」的潮流にふれるさいの楽しみのひとつです。
 狭い意味での哲学分野における「分析」的潮流は,久しい以前から邦訳等をつうじて日本に紹介されており,また,そうした潮流に掉さした日本人研究者による独自の良質な仕事も,たくさん世に問われています。この活況に比して、広い意味での哲学の一角を占める「美学」分野は,残念ながら,現状においてずいぶん遅れをとっています。本書の刊行は,この遅れをとり戻すうえで,極めて重要な意味をもっています。芸術に関心をよせる,可能なかぎり多くの方々に,ぜひとも本書を手に取ってもらいたいと願っています。(村上龍)