人文学部人文学科 欧米言語文学コース ヨーロッパ語学・比較言語学 稲垣 健太郎
痕跡を求めて
分野 | インテレクチュアル・ヒストリー 初期近代ヨーロッパにおける東洋学 |
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担当授業 (学部) |
ドイツ語初級 ドイツ語文献読解(展開) 比較文学 欧州文学史 欧州文学・比較文学講読(独語系) 欧州文学・比較文学演習(独語系) 欧州文学・比較文学特殊講義(独語系) 欧州文学・比較文学演習(独語系・近現代文学) |
担当授業 (研究科) |
主な研究内容
私はこれまで、17世紀ヨーロッパのインテレクチュアル・ヒストリーに広く関心を持って研究してきました。大まかにまとめれば、インテレクチュアル・ヒストリーとは、ある時代の学者たちが何を、どのように、なぜ学び論じたのかを、当時の政治的状況や社会、文化的な文脈に位置付けながら考え、再構築する研究分野といえます。私の場合は、オランダやドイツ語圏、デンマークに焦点を絞り、17世紀の学者や外交官、神学者たちがどのようにアラビア語やペルシア語、トルコ語で書かれたテクストを読んでいたのか、そうした知的な営みはより広い文脈のなかでいかなる意義を持ったのか、を主な研究関心としています。
博士論文では、17世紀ドイツ出身の東洋学者・外交官であるレヴィヌス・ヴァルナー(Levinus Warner, d. 1665)の生涯と仕事を論じました。1645年から1665年までオスマン帝国に滞在したヴァルナーは、オランダ連邦共和国の外交官として働く傍らで、900点を超える東洋語写本を収集したことで知られています。博士論文では、オランダのライデン大学に保管されているヴァルナーの写本コレクションや手書きのラテン語のノート類を分析し、ヴァルナーが写本の欄外に書き込んだわずかな痕跡などにも注意を払いながら、彼がどのようなテクストをいかに学んでいたのかを論じました。
こうした研究背景から目下、1)スイスのバーゼル出身のヒエローニムス・ハーダー(Hieronymus Harder, 1648-1675)という、今では忘れられた東洋学者や彼と交流を持ったオスマン帝国出身のアルメニア人キリスト教徒の活動と2)イスラームが支配的な地域に由来する文物がヨーロッパにおいてどのように受容されてきたのか、という比較文学的な主題に関心を寄せています。
学問のことなど
17世紀に関心を寄せ始めたきっかけは様々ありますが、そのひとつはドイツ語とのつながりであったと思います。こんにちのドイツには、アウグスト公図書館(ヴォルフェンビュッテル)やエルンスト公図書館(ゴータ)など、文化史上重要な図書館が数多くあります。こうした図書館を訪れ、貴重な印刷本や手稿を直接に手に取り、調査するなかで、初期近代という時代への関心を深めていきました。
印象に残ったのは、17世紀半ばに印刷された、アラビア文字を含んだ書籍を実際に目にした経験です。当時のヨーロッパでアラビア語を学んだ人々がいた、という素朴な驚きとともに、彼らは何に突き動かされていたのか、という疑問を持ち始めたのが、現在の研究関心の出発点でした。その後、ヨーロッパにおけるアラビア学の通史を描いたJohann Fück, Die arabischen Studien in Europa bis in den Anfang des 20. Jahrhunderts (Leipzig: Harrassowitz, 1955)という古典的研究を読み始め、徐々に一次史料を用いた研究を進めていきました。ヴァルナー(ドイツのリッペ出身)についての研究を始めてからは、彼の足跡を追ってライデンで調査を重ね、やがて彼が生き、そして亡くなったイスタンブルにも足を運ぶことができました。
ドイツ語を第二外国語として学び始めた時には想像もしなかった主題を扱い、一見するとドイツ語圏から離れた地域に赴くこともありますが、それでもドイツ語の勉強が根本にあると考えています。ドイツ語の勉強を通じて、皆さんの関心や可能性を模索し、広げる一助になることができれば幸いです。