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ハンセン病療養所を退所した人たちの実践(社会学コース 桑畑洋一郎)

  • 2017-11-28 (Tue) 11:09

はじめに

2017年10月1日に山口大学人文学部に着任した、桑畑と申します。よろしくお願いいたします。

自己紹介も兼ねて、どういう研究をしてきた/いるのか、過去の論文(もう6年前です…)を自分自身で紐解きながら、「こんなことを考えてきました/います」ということを示したいと思います。

今回取り上げるのは、「ハンセン病療養所退所者の医療利用実践」(←論文のリンクに飛びます)です。日本保健医療社会学会の『保健医療社会学論集』21巻2号(2010)91頁‐103頁に掲載されました。

 

論文の目的

この論文は、沖縄でハンセン病療養所を退所(「社会復帰」と表現されることもあります)して“社会”で暮らす4人の方へのインタビュー調査に基づいて書かれています。この論文では、「ハンセン病療養所を退所した今も、病気やけがなどの際にはハンセン病療養所に戻ってお医者さんにかかる」という状況があることを記述し、「何でそういうことになっているのか」を考察することを目的としています。

何でこの部分に僕が関心を持ったかと言えば、「療養所を退所しているからには当然病気そのものは治癒しているのに、また、療養所から退所する制度が他地域よりも比較的整っていた沖縄なのに、何でそういう大変なことをするのか」と疑問に思ったからです。インタビュー対象者がお医者さんにかかるために通う沖縄のハンセン病療養所というのは沖縄本島北部にあり、対象者が暮らす地域からは車で2時間ほどかかります。単純に大変です。でもその大変さよりももっと優先される何かがあるのだろうということで、そこを考えてみようとしました。

こういう研究をすることには、病気そのものは治癒していても今なお何かしらの影響力を発揮しているハンセン病という病気の特性を明らかにすることになりますし、そうした病気の特性を形作っている、僕たちの暮らす社会の力(圧力・影響力)を見ることになりそうです。そのことにはきっと、医療社会学的な意味があるだろう、そう考えて研究を進めました。

 

インタビュー調査から:お医者さんにかかる時の2つのパターン

インタビュー調査からは、対象者がお医者さんにかかるときのパターンが2つあることが見えてきました。1つは、ハンセン病とは直接には関係しない傷病――糖尿病やがんなど――の治療の際です。もう1つは、ハンセン病の後遺症の治療の際です。

後者についてはおそらく説明が必要だと思うのですが、ハンセン病は末梢神経が侵される病気のため、けがをしても気づかず手当てが遅れ、潰瘍などができてしまう場合と、神経障害のために重心の置き方に問題が生じ、やはり足底などに潰瘍などができてしまう場合です。

さて、以上の2つのパターンがお医者さんにかかる場合としてはあるのですが、どちらの場合も、対象者はハンセン病療養所(や、療養所から独立して開業したお医者さん)のところを利用することが多いようです。が、利用する理由というか、背景が若干違います。

前者の、ハンセン病とは直接に関係しない傷病の場合は、「病院でハンセン病罹患経験を知られるのが嫌だから」「ハンセン病罹患経験を知られ嫌な思いをしたから」といったことが背景としてあります。つまりは、ハンセン病はすでに治っていて、また、見てもらう病気やケガもハンセン病とは直接は関係しなくても、ハンセン病を患っていたという経験が、今も対象者にのしかかってきているんですね(特にお医者さんにかかるときに)。そのために、ハンセン病罹患経験を知られてもいい/知られても嫌な思いをする危険性が低い、ハンセン病療養所(や、療養所から独立して開業したお医者さん)のところに通うというわけです。

後者の、ハンセン病による後遺症の治療の際は、また意味合いが変わってきます。ハンセン病の後遺症を適切に治療できるお医者さんが、それほどいないのです。そのため、ハンセン病療養所(や、療養所から独立して開業したお医者さん)のところに通い、後遺症の治療をしてもらうというわけです。

 

考察したこと

以上のことがインタビュー調査から見えてきました。でもこうしたことはあくまでも記述なので、それがどういう意味を持つのか考察する必要があります。そこで僕は、ハンセン病療養所退所者がこうした実践をする背景に、「病のスティグマ性」と「知識の配置の偏り」があるのだと指摘しました。

「スティグマ」とは、社会学者のE. ゴッフマンが導き出した概念です。ゴッフマンは、「彼が直接に接している〔対人関係/集団/社会〕より広い社会(中略)から得た基準によって、彼は他人が何を自分の欠点とみているかをひしひしと感じている」(Goffman 1963=2001:22)と指摘していますが、この「欠点」と見られる「基準」となるものが「スティグマ」です。たとえばハンセン病は後遺症が残りうる病気ですが、後遺症が「スティグマ」となり、周囲から「あ、あの人ハンセン病なのかもしれない」と見られ、場合によっては不利益を被ることもあるということです。何かしらのスティグマとなりうる症状などが生じうるという、ハンセン病の持つ特性を「病のスティグマ性」と表現したわけです。この「病のスティグマ性」があるがゆえに、対象者はハンセン病療養所(や、療養所から独立して開業したお医者さん)のところに通うのではないかと考えました。

「知識の配置の偏り」というのは結構そのままなのですが、ハンセン病の後遺症を治療するだけの知識を持ったお医者さんが、満遍なくいるというわけではなくて特定のところにだけ偏っているということです。

さて、このように、「病のスティグマ性」と「知識の配置の偏り」があるがゆえに、対象者はハンセン病療養所を退所した今も特有の暮らし方をせざるを得ないわけです。で、ここからはちょっと規範的な、「べき論」の話になるのですが、こうした暮らし方をせざるを得ない状況というのは、あるべき形なのでしょうか。

僕はこの論文を書いていく上では、2つの意味でそう考えませんでした。第1に、ハンセン病を病んだということだけで、お医者さんにかかる際の選択肢が狭められているわけですし、その結果長時間かけて遠方に通わないといけないわけです。これは不公平だと思いました。第2に、この論文を書いた当時はすでに、ハンセン病問題については広く知られ、国賠訴訟も原告勝訴で結審し、ハンセン病問題基本法という法律もできて、問題解決に向かっていた状況です。にもかかわらず当時このような状況が残っていたわけで、「解決に進もう」としている中でこれを放置するのは、やはりあるべき形ではないだろうと考えました。

以上のように、2つの意味で「この状況はちょっとどうにかするべきだな」と思っていたのですが、「どうにかする」のは誰の責務なのでしょうか。このことを考えるために、論文でもインタビューを引用したBさんの言葉を(若干読みやすく編集して)再度引用したいと思います。

 

〔ある議論の場で〕退所者の医療問題を話したんですよ。「〔退所者は〕やっぱり自分〔の罹患〕がばれることを怖がって行けない」と。そしたら、あるお医者さんが「提言がある」と。(中略)「ハンセン病の足の「裏傷」〔後遺症〕はね、ハンセンの専門医じゃないと治療ができない、分からないと言うけども、医者というのはね、病気を持ってる患者さんがね、自分の前に来て、『こういうことでこういう風になってます』ということを言わないと、医者は勉強できないよ〔退所者自身が思い切って医療機関に通わないと医者の側も分からない〕」と。「みなさん〔退所者〕がやる〔思い切って医療機関に通う〕と、『なるほどそうか』と、そこから勉強を始めるんだから、思い切って〔告白に向けて〕1歩踏み出してごらん」と言われるんです。(中略)「1歩踏み出してごらん」と言われるけど、この1歩踏み出すことができないんですよ。(中略)言いたいところはですよ、1歩踏み出せない原因を作ったのは何かということですから。(2007年9月1日に行ったBさんへのインタビューからの引用です。〔〕内は桑畑が補足しました。)

 

下線部の言葉が示唆的ですね(論文では下線は引いていませんが)。「病のスティグマ性」や「知識の配置の偏り」を作ったのは、この論文でインタビューをした対象者も含むハンセン病元患者では(少なくともだけでは)ありません。むしろ、ハンセン病元患者ではなく、僕たちも含めた“社会”の側なのではないでしょうか。そう考えると、「1歩踏み出す」責務は僕たちの方にあるのだと考えられそうです。

 

といったことをやってきました/います

以上が2011年の論文の紹介です。テーマとしては他に、HTLV-1関連疾患の当事者の研究や、施設における暴力の研究などをしていますが、基本的な発想だとか関心だとかはずっと変わっていないようにも思っています。

ということで、この山口大学でもこうした発想や関心をさらに展開してければなと考えています。あらためてよろしくお願いいたします。

 

文献(実際に論文で参照したもの全てです)

  • 天田城介,2005,「ハンセン病当事者の声とその根本問題――沖縄におけるハンセン病当事者の記憶から/へ」『佐賀部落解放研究所紀要』22:2-33.
  • 蘭由岐子,2004,『「病いの経験」を聞き取る――ハンセン病者のライフヒストリー』皓星社.
  • ――――,2005,「宿泊拒否事件にみるハンセン病者排除の論理――『差別文書綴り』の内容分析から」好井裕明編『繋がりと排除の社会学』明石書店、175-214.
  • 有薗真代,2008,「国立ハンセン病療養所における仲間集団の諸実践」『社会学評論』59(2):331-348.
  • Certeau, Michel De, 1980, “Art De Faire”, Union Générale d’Editions, Paris.(=1987,山田登世子訳『日常的実践のポイエティーク』国文社.)
  • 藤野豊,1993,『日本ファシズムと医療――ハンセン病をめぐる実証的研究』岩波書店.
  • ――――,2001,『「いのち」の近代史――「民族浄化」の名のもとに迫害されたハンセン病患者』かもがわ出版.
  • Goffman, Erving, 1963, “Stigma: Notes on the Management of Spoiled Identity”, New Jersey: Prentice-Hall, Inc.(=2001,石黒毅訳『スティグマの社会学――烙印を押されたアイデンティティ(改訂版)』誠信書房.)
  • 本多康生,2009,「ハンセン病療養所退所者の現在の生――家族・地域へのインクルージョンの視点から」『年報社会学論集』22:234-245.
  • 木野井猛,2007,「後遺症障害に対する装具」大谷藤郎監修、牧野正直・長尾榮治・尾崎元昭・畑野研太郎編『総説現代ハンセン病医学』東海大学出版会、339-360.
  • 国立療養所沖縄愛楽園入園者自治会編,1989,『命ひたすら――療養50年史』国立療養所沖縄愛楽園入園者自治会.
  • Kleinman, Arthur, 1988, “The Illness Narratives: Suffering, Healing and the Human Condition”, New York: Basic Books, Inc.,(=1996,江口重幸・五木田紳・上野豪志訳『病いの語り――慢性の病いをめぐる臨床人類学』誠信書房.)
  • 桑畑洋一郎,2005,「ハンセン病者の〈生活をつくる実践〉――戦後復興期の沖縄愛楽園を事例として」『保健医療社会学論集』16(2) :66-78.
  • ――――,2009,「ハンセン病者にとっての『社会復帰』とは何か――沖縄のハンセン病者を事例として」『社会分析』36:139-57.
  • 森川恭剛,2005,『ハンセン病差別被害の法的研究』法律文化社.
  • 犀川一夫,1998,「沖縄のハンセン病対策」琉球大学医学部付属地域医療研究センター編『沖縄の歴史と医療史』九州大学出版会、127-148.
  • 坂田勝彦,2008,「〈隔離〉 に抗う実践としての〈社会復帰〉――ハンセン病療養所退所者の生活世界」『年報社会学論集』21:49-59.
  • 指田百恵・永田智子・村島幸代・春名めぐみ,2005,「ハンセン病回復者の社会復帰時の生活に関する研究――再入所者への面接調査から」『日本公衆衛生雑誌』52(2):146-157.
  • 財団法人日弁連法務研究財団ハンセン病問題に関する検証会議,2005,『ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書』財団法人日弁連法務研究財団

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桑畑 洋一郎

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【コース】

社会学コース

【分野】

社会心理学

【研究領域】

医療社会学、社会病理学

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