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「非行の一般化」論をめぐって(2013年10月10日公開、人文学部リレーコラムより)

  • 2013-10-10 (Thu) 14:15

子どもは、生まれる場所を選べない。もちろん生まれる家庭も選べない。たまたま不遇な社会環境に育ったばかりに、非行に走る子どももいれば、高い社会階層の家庭に生まれることで、大きく道を踏み外すことなく、成長を遂げる子どももいる。出生した瞬間に、社会階層上の格差が存在しているのだから、非行の責任を少年本人だけに帰すのはアンフェアではないか――。罪を犯した少年に対して、成人とは異なる保護主義的な対応をとることは、主としてこのような考え方に基づいて正当化されてきたと思われる。

上で述べた「アンフェアである」という感覚を持つ者は、おそらく今日の日本では、少数派である。むしろ、社会階層や生育環境と関係なく、誰もが非行に手を染めうるとの認識が、支配的な非行少年観であろう。たとえば、「生活苦や反社会的な意識による以前の犯罪に比べ、表面上は『普通の子』が、いきなり暴力行為に走るなど、犯行の背景が見えにくくなっている」(2004年5月10日付読売新聞朝刊社説)といった論評は、世の中に違和感なく受容されている。

筆者のみるところ、この国で社会階層と非行を結びつけて考えるリアリティが急速に失われたのは、1970年代である。1970年刊行の『犯罪白書』には、少年犯罪が一般化しているという記述がみられる。1977年発行の『犯罪白書』には、「普遍化」という言葉が登場している。「非行の一般化」論は、遅くとも1970年代後半には、非行に携わる関係者の間で自明視されるようになり、マスメディアを通じて一般にも広がった。

しかし、社会階層と非行との関連の弱化や、「非行の一般化」を主張する議論は、致命的な問題点を抱えていた。非行性の程度を考慮に入れていなかったのである。検挙人員の総数の増減を大きく左右する窃盗、とりわけ万引きや自転車盗で検挙される少年の多くに、生育環境上の大きな負因がないことをもって、彼らは「非行が一般化した」と誤認していたのだ。「一般化したのは一過性の非行少年である」というロジックで、これらの議論は簡単に反駁されたのだが(中川 1982; 川邉 1991)、「非行の一般化」というイメージだけは、その後現在に至るまで、消し去られてはいないように思われる。

1970年代以降に受容された「非行の一般化」論の根拠として、しばしば挙げられてきたのは、裁判所の統計において、家庭の経済状態が「貧困」の者が非行少年全体に占める割合が、低下したということである。しかし筆者は、そもそもこの根拠は、根拠たり得ていないと考える。なぜなら、少年全体のなかの大多数が中流階層出身であるとみなされるようになった社会においては、非行少年全体のなかに中流階層出身者が多く含まれるのは、ごく当然の話だからである。

図1図2

この問題を考えるために、松本(1984: 100)をヒントに筆者が作成した仮想的な模式図が、図1・図2である。(A)、(B)、(C)のいずれの時代においても、低い社会階層出身の者ほど、非行少年となる可能性が同等に高いという仮定が図示されている(斜線の部分が非行少年、斜線がない部分が無非行少年を示している)。

ここで、非行の有無を問わず、(A)の時代には全少年の約半数が、(B)の時代には全少年の4分の1が、(C)の時代には全少年の数%が低階層出身であると位置づけられているとしよう(それぞれ点線より左側の部分である)。そうすると、(A)の時代には、斜線部分で示された非行少年全体のうち、過半数が低階層出身と判定される。反対に(C)の時代には、非行少年の大多数は、低階層出身とは判定されない。「非行の一般化」論はこのことをもって、非行が中流階層にも拡大したと言っているわけである。

しかし、(A)、(B)、(C)のいずれの時代においても、低い社会階層出身の者ほど、非行少年となる可能性が同等に高いことには変わりない。どの時代においても、社会階層と非行とは、明確な関連性を持っているのである。

公式統計を用いてこの種の議論をする場合、もっとも重要なのは、「全」少年人口に占める非行少年の割合が、社会階層によってどの程度異なるかである。図2でいえば、
あ÷(あ+い) 、う÷(う+え) 、お÷(お+か) の3つの値が異なる値となるか否かが、問題となる。

いずれにしても、非行に関する公式統計のみをいくら詳細に検討しても、社会階層と非行との関連について厳密なことは言えない。非行少年だけではなく、少年全体をカバーした別のデータを合わせて、考える必要があるのである。

なお、官庁統計を用いた筆者の研究によれば、一過性の非行、すなわち窃盗の大部分ですら、実際には、ある特定の階層出身の少年に偏って生じている。つまり、一過性か否かを問わず、非行は一般化しているとはいえない。日本の少年司法システムの前提となっている少年保護を重視する枠組みや理念は、今日でも正当性を保持しているのである。詳しくは、岡邊(2013)(『現代日本の少年非行』現代人文社より来月刊行予定)を参照していただければ幸いである。

References

川邉讓, 1991「少年非行に見る日本社会の不安全性」『犯罪社会学研究』16: 17-35.

松本良夫, 1984『図説非行問題の社会学』光生館.

中川邦雄, 1982「非行はいわれるほど一般化しているか」菊田幸一・西村春夫編『犯罪・非行と人間社会――犯罪学ハンドブック』評論社: 91-93.

岡邊健, 2013『現代日本の少年非行――その発生態様と関連要因に関する実証的研究』現代人文社.

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